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ビリーフ(信念)が人生に悪影響を与えるケース

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前回の記事「思考は現実化しない」では、思考自体には力がないこと、思考を信じることで力が生じることを書きました。

ビリーフ(信念)には力がありますが、それは思いや生体反応、行動を変える力であり、決して思いを現実化する力ではないことを書きました。

思考は現実化しない~「思い」それ自体には力がない~思考や思いそれ自体に力があるという誤解を解く 私を含めて、カウンセラーやヒーラーの方々は「私たちを苦しめているのはビリーフだ」と説きま...

今回の記事ではビリーフに力があるということをもっと詳しく理解してもらうために、ビリーフが人生に悪影響を与える条件を書いていきます。

ビリーフが人生に悪影響を与える条件

ビリーフが人生に悪影響を与えるのはどういうときなのでしょうか?

「月は丸い」
「夏は暑い」
「明治時代の次は大正時代」

これらはビリーフです。
ただ、これらを信じていたからといって日常に悪影響はありません。

つまり、すべてのビリーフに問題があるわけではありません。
ある一部のビリーフが自分の人生に悪影響を与えています。

いったいどんなビリーフでしょうか?

恐れから生じるビリーフ

いろいろあると思いますが、一つは、恐れから生じるビリーフです。
もしくはそのビリーフ自体に恐れがくっついているもの※です。

※「私は魅力がない」など

恐れを回避するために作られたビリーフは確実に人生を縛ります。

「遅刻してはいけない」
というビリーフは、遅刻したときの苦しみ(怒られたり非難される恐怖や恥ずかしさなど)が想定されて生じます。

恐怖が強いほどビリーフは強くなる

大事なポイントが、恐怖が強ければ強いほど、そのビリーフが強くなり、力を持つということです。

遅刻したときのペナルティが何もなければ、このビリーフは力を持ちません。
しかし、遅刻すれば1万円の罰金だったり、上司から激怒されたりということであれば、このビリーフは大きな力を持ちます。

遅刻しないように思いや行動が変わるでしょう。

重要なので繰り返します。

  • 私たちにとって悪影響をもたらすビリーフは、恐れから生じるビリーフ
  • 恐れが強いほど、その影響力が強くなる

ということは、私たちにとって最も悪影響があるビリーフは最も恐れが強いビリーフだということが分かります。

私たちが最も恐れるものは何か?

では、私たちにとって一番強い恐れとはなんでしょうか?

人によって細かい恐れは違います。
資質や経験が違いますので。

しかし、大きく言えば、私たちが最も恐れているものは、自分の存在がなくなることです。
肉体の死と精神の死です。

自己価値が低くなることを強く恐れる

精神の死は自己価値がなくなることとも言えます。

私たちは自己価値が低くなることに恐怖を感じます。

何らかの原因で、自己価値が低くなるとき、低いセルフイメージを持っています。

「私はバカで劣っている」
「私は無力で一人では何もできない」
「私は暗くて魅力がない」
「私はブサイクで嫌われる」
「私は分かってもらえない」
「私は臆病でダメなやつだ」…

このようなセルフイメージがあるとき、このビリーフに反応する状況が起きたとき、いちいち大きな恐怖を感じることになります。

セルフイメージとは私に関するビリーフのことです。

自己価値の低い人とは

いわゆる自己価値の低い人とは、こういった低いセルフイメージが何個も何個もある人です。

専門的な言葉で言い換えれば、自己というアイデンティティに、ネガティブなセルフイメージをたくさん同化させている人です。

そのため、日常を普通に過ごすだけで、どれかのセルフイメージのボタンが押され、ネガティブな感情を感じます。

セルフイメージやビリーフのメガネで世界を見ているので、状況や出来事の解釈の仕方がネガティブなのです。

たとえば「私は分かってもらえない」というセルフイメージのメガネで世界を見ていたら、上司が注意すると、「ほぉら、やっぱり上司は私のこと信用していない」などと思ってしまいます。

要は自分を苦しめる方向へ、物事を解釈してしまいます。
その結果、他者責めか自分責めをやってしまいます。

他者責め、自分責めが多い人は、世界の解釈が苦しい人です。
つまり、自分にとって都合の悪いビリーフを持っている人(≒セルフイメージが低い人)と言えるでしょう。

他者責め、自分責めは的外れの責め

実は、他者責め、自分責めは本当の苦しみを回避するために起きています。

本当の苦しみは自己価値低下の恐れなど、もっと深い苦しみにあり、そこにうまくそらすために原因を他者や別のものに置き換えて責任転嫁しているのです。

それが悪いわけではなく、自我(心)の仕組みがそうなっているというだけなので、さらなる自己批判の材料にしないでくださいね。

恐怖を感じ続けることはきついので回避しようとする

私たちは強い恐怖を感じ続けることはできません。
必ずその恐怖を回避しようとします。

回避するための反応や行動を取ります。

「私」の存在価値を守るために、あらゆる方法を取ります。
「私」が失われることこそ、自我にとって最も強い恐怖だからです。

以前のブログでも書きましたが、例えばこんな方法があります。

自我による恐怖の回避方法

危険を避ける
誰かを頼る
強いものに従う
相手に合わせる
場の空気を読む
相手が何を考えているかを察知しようとする
ルールを作って守る
何らかの「正しさ」に固執する
自分を他者よりも高い位置に置く
他者を支配する
恐怖や優越によって相手をコントロールする
罪悪感や相手の弱さを利用してコントロールする
強さを見せつける
違う自分を演じる
おどける
自分を魅力的にする
心を閉ざす
感情のセンサーを鈍くする
引きこもる
気をそらす
何かでフタをする…など

「私はバカで劣っている」を例に挙げると、私の存在価値を守るためには、バカであることを回避しようとします。

一生懸命勉強したり、何かに秀でようとしたり、高い地位を目指したり、高収入を目指したり、頭の良い人と付き合ったり、自分よりバカな人と付き合ったり、いろいろなやり方があります。

恐れから来る行動は楽しくない

これが自分の役に立つことはたくさんありますが、間違いなく言える欠点は、存在価値を守るための行動、つまり恐れから来る行動は楽しみを感じられないということです。

好きでやっている行動は楽しいです。
しかし、恐れを回避するための行動は楽しくないです。

恐れを回避するための行動ばかり取っている人ほど、人生はつまらなく、苦しいものになります。

回避行動自体が苦しみをもたらす

さらに、この回避行動自体が苦痛をもたらすこともしばしばです。

あまりに他者の顔色をうかがいすぎて疲れたり、偽った自分を演じていてしんどくなったり、何が本当の自分か分からなくなったりします。

さらに、この回避行動を取ったとしても、セルフイメージが低ければ、どこかでボタンを押されてしまうので、他者攻撃、自己批判のオンパレードになります。

恐れを回避することでビリーフを強化する

大事なポイントは、回避行動自体がビリーフを強めるということです。

「私はバカで劣っている」というビリーフの場合、バカを克服しようとする試みは、このビリーフを緩める上では何の効力も発揮しません。
むしろこの思い込みを助長します。

バカを克服すれば、このビリーフのボタンを押されることは少なくなるので、人生におけるこのビリーフの影響は少なくなるように思えますが、他者への投影という形で必ず残ります。

バカな人を見るとイライラしたり、バカにしたり、頭の良い人に憧れたり、嫉妬したりします。

自我の欲求はキリがない

さらに、どれだけ克服しようとも、必ず克服できないものは残っているので、そこが露見されたときは自己嫌悪や自己正当化に走ることになります。

自我が求める「もっともっと」という欲求には限度がありません。
ここを追求していく道は苦難の道です。

一見、ゴールがあるように見えて希望を持って進んでいるかもしれませんが、キリがない道であり、さらに自我を強化していく道です。

この道に進むこともプロセスの一部です。理想を追求する道にはゴールがなく、内面を見ていくしかないと自分の中で十分腑に落とすことで、その後のプロセスを早めます。
そのプロセスなく、内面に向き合おうとしても真剣には取り組めないと思います。

恐れに向き合うにはまずは恐れがあることを理解する

話を戻しますが、私たちにとって最も悪影響があるビリーフは最も恐れが強いビリーフになります。

そして、もっとも強い恐れは自分の存在がなくなることであり、死の恐れや自己価値喪失の恐れこそ、心の底で恐れているものです。

もし、最悪の恐れを恐がっていなかったとしたらどうなるでしょう?

その人は相当楽だと思います。

最低の自己価値をも受容できたとき、何でもアリです。
他者がどう言おうがどう思おうが知ったこっちゃありません。
どうでもいいことです。

ただ、自分の情熱に従って動くだけです。

そのとき、自分の最高、最善の人生を送れるのではないかと思います。

恐れを受け入れるためには、まずは恐れていることに気づく必要があります。

当たり前のことを言っていますが、ここが実は一番難しいかもしれません。

ほとんどの人が無意識で回避して、恐れに気づかないようにしています。

自己価値の恐れに向き合えるのはよっぽど追い込まれている人か勇気がある人のどちらかです。

そういう意味では追い込まれるのも悪いことではないのですが、追い込まれるのはとても苦しいので、できれば追い込まれる前に、こういった心の知識を知って取り組んだ方がいいですね。

真の恐れに気づいたあとのプロセス

恐れに気づいたあとも手放すのはそう簡単ではありません。

最悪の恐れなので、自我は巧みに回避しようとします。

なかなか直面させてくれず、別の恐れを作り出して、真の恐怖に向き合わせてくれません。

それでも何度も何度も取り組んでいきます。

恐れを受容し、きちんと直面したら変容します。

恐れを受容できるほど、自分にある「こうあるべき」というビリーフが緩くなります。

すると自己批判は減ります。
また、他者に対する「こうあるべき」というのも緩むので、他者に対する怒りも減ってきます。

世界観は穏やかになります。
他者に対する投影、解釈がリラックスしたものになります。
グンと生きやすくなります。

ハートも自然に見えてくる

また、自分の中にある「こうしたい」という思いにも気づけ、行動することができます。

人生の中にポジティブな面が増えてきます。

恐れも必要なものと気づく

こういう仕組みがあるため、恐れを敵とみなし、恐れを排除しようとします。
ただでさえ恐れは不快なので、余計「悪」とみなします。

しかし、恐れは私たちにとって必要なものです。
恐れがなければ、危険を回避できないのですぐに死んでしまうでしょう。

恐れも私たちの一部として受け入れてあげましょう。

恐れを受け入れるのにEFTが有効

私が恐れを受け入れられるようになったのは、何度も恐れを直接感じていったことと、EFTというツールで感情を解放できるようになったことが大きいです。

恐れに何度も向き合うことができたのはEFTがあったからです。

恐れを必要以上に恐れなくなりました。

そして、恐れが自分の成長や気づきに導いてくれる宝物だったと気づくことができたのはとても大きな体験でした。

私にとってタッピング(身体のいくつかのツボをトントンと指でたたくこと、EFTでやっていること)は日常的に欠かせないものになっています。

9月のEFT講座は大阪で開催します。初の大阪開催です。
今現在、関西圏にはEFTトレーナーがいないので、この機会を逃すとだいぶ先になるかもしれません。
日程が合う方はぜひお越しください。

ABOUT ME
西川佳宏(よっし~)
西川佳宏(よっし~)
境界線専門カウンセラー。境界線(バウンダリー)専門・心理カウンセリング「セルフコンパス」代表。 会計事務所・外資系証券会社・医療設備メーカーでの10年超の会社員経験を経て、2012年6月にセルフコンパス設立。英国HOLISTIC HEALING COLLEGE Integrated Counselling Diploma取得。心理カウンセラーとして境界線を適切に引くためのサポートを提供。 特に効果が高いのが人間関係の悩み、自己肯定感が低い悩み、過剰責任感・完璧主義の悩み、罪悪感の悩み、HSPの悩み、不安・恐怖の悩み、うつ・不安障害の悩み。 柔らかな雰囲気に加え、こころの悩みの本質をやさしく説明するのが得意。プロフィールの詳細はこちら

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