競争原理について

ボクはずっとこの世界がなんとなく生きづらいと思っていました。
なぜか分からないけれど、違和感を感じていました。
心の仕組みを勉強して、ようやくその違和感の正体が分かりました。
それはこの世の中に蔓延している「競争原理」です。

日本に限らず、世界的にこの「競争原理」という価値観は世界の根底を貫いています。
「理想」があり、「善」があり、そこへいかに効率的にいくかが当たり前に良いこととされています。
たとえば、大学入学は、良い大学に入ることが、職業選択の自由やその後の年収、地位、配偶者選択などで圧倒的に有利になるから、良い大学に入ることを「理想」とし、そのために受験勉強を「必要悪」としてやっていきます。
いかに少ない時間で希望する大学へ合格できるレベルまで勉強するかが重要になります。
そして、大学ではいかに最小限の出席日数で、最小限の勉強時間で60点というギリギリ合格ラインを突破することを重要視します。
就職活動もそう。いかに希望とする職業や企業へ効率的に就けるかということを重要視します。
就職してからも同じ。いかに楽をして、楽しいことをやって、お金を稼ぐことをがんばります。会社もいかに効率を上げるか、効率的に収益を稼ぐかということに邁進します。
人生だってそう。いかに苦しいことをミニマイズさせ、楽しいことをマキシマイズさせるためにどうすべきかが問われます。
競争原理の元、効率性が重要視されます。
国だって一緒。いかに経済発展させるか、財政の無駄を抑えるか、効率的に資源配分するかということが国の掲げているビジョンです。グローバル社会でいかに優位なポジションを取るか、いかに他の国に先んじるか、そんな競争原理のビジョンです。
正直まったくワクワクしないビジョンです。

ボク自身、ずっと競争原理に毒されてきました。
中学校で中高一貫の進学校に進学しました。いい大学に入ることを目指していました。それが幸福へのパスポートだと信じ切っていました。学校の勉強は無駄だと思っていました。大学に入るための勉強だけやっていればいいのにと思っていました。
勉強の価値が分かりませんでした。いい大学に入ったらこんなメリットがあるから勉強しなさいとしか言われませんでした。
高校生になってから、勉強することがバカらしくなりました。大学に進学するという以外に意味がない行為を盲目的にやることに耐えられませんでした。そして、勉強が手につかなくなって勉強しなければと思っているのに勉強がまったくできない時期を過ごし、受験での敗者となりました。浪人しても受験勉強する意志がないと思って浪人はしませんでした。
自分の意志の弱さと20手前にしてこの競争社会からドロップアウトしてしまったことに深い自己嫌悪と自己価値の喪失感を味わいました。
それでもまだあきらめてはいけないと思い、大学で経営学を独学で一生懸命学び――専攻は心理学でまったく勉強しませんでしたが――競争社会のトップ集団へ追いつこうとがんばったのです。
卒業後、いったん就職し、その後大学院への進学、証券アナリストになる夢は破れたものの、外資系証券会社に入社。そこでバカみたいに稼いでやろうと目論んでいました。しかし、まったく合わない仕事で部署は丸ごと日本撤退…。

閑話休題。
ボクの価値基準は、いかに効率よく他の人よりも有利なポジションにつくかでした。いかに無駄なことや嫌なことの時間をミニマムにし、楽しいことや楽なことの時間をマキシマムにするためにどうするかという考え方でした。まさに競争原理の考え方です。
そして、ボクは幸いなことに成功しませんでした。
いい大学にも入れなかったし、証券アナリストにもなれなかったし、外資系証券会社で稼ぐこともできなかったし、株式投資でも大損して資産を築くこともできませんでした。
もし、成功していたら多分今でも競争原理がボクの主要な価値観だったでしょう。
多分無意識で他人を見下していたでしょう。こうやったら成功できるということを語っていたでしょう。どんなに謙虚さでオブラートしてもにじみ出るほどの自尊心を抱えながら。
そういう意味ではボクにとって失敗は必然だったのかもしれません。

アメリカも、日本も、中国も、アジアも欧州も中東もアフリカも価値観は違います。だから手を取り合えない。でも、実はどこも根底では「競争原理」という同じ価値観を持っています。グローバルでそれしかないと言ってもいい。
ある価値観体型の中で、善悪を設定し、いかに悪を避け、いかに善に効率的に進むか。そればかり。
競争原理は、構造上、善悪分離を深めます。善と悪の二極化が進みます。勝者と敗者がきっちり分かれます。また、敗者は敗者の価値観で自ら敗者を選ぶような行動すら取ります。勉強についていけない学生が不良になり、そこに誇りを抱くように。
そして、競争原理は、他人を排斥しようとします。自分が相手よりも優位にならないといけないので、相手が自分よりも優れることを許容できないのです。嫉妬やプライド、虚栄心、有能感や無能感が自然に生まれます。当然相手を蹴落とすことも厭わなくなります。そして、相手を排斥する行為は実は自分を排斥するのと同じです。この世は投影の世界ですから。
そこには必ず苦しみが生まれます。しかし、その苦しみがまた、競争原理を推進するエネルギーになります。
優劣意識をさらに強めるためのエネルギーになります。そして、苦しみを解決しようと、また善や理想を目指していくのです。
この世にあふれている広告の類を見てください。そんなものばかりというかそんなものしかありません。

競争原理が悪いとは言いません。別にあって構わないと思います。
ただ、問題なのは競争原理しかないことなのです。
ボクのメッセージは競争原理に満足している人には届きませんし、その人たちに伝えたいことは何もありません。
ボクのメッセージは競争原理に違和感を感じている人。こういう世の中では生きづらいと感じている人。そんな人たちに伝えたいのです。

じゃあ、競争原理に変わって、どんな原理を持てばいいのでしょうか?

それは散々ボクが主張している通りです。あなたの魂の価値観があるでしょ。ハートの価値観です。直感と呼んでもいいかもしれない。その価値観に従って、あなたが本来生きるべくして生きようとしたあなた自身の人生を送ることです。
善悪、損得、有利不利、快不快、そんなものではなく、あなたのハートが叫ぶことが基準です。
もし、ボクと同じように競争原理に違和感と居心地の悪さを感じるならば、自分自身の本質的な価値観に従うことにぜひ挑戦してください。
ボクがやりたいのはそのお手伝いです。


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ABOUTこの記事をかいた人

よっし~(西川佳宏)

心理カウンセラー/セラピスト(東京・新宿)。「心地よく、自分らしく、生きる」ためのサポートを提供。得意分野は人間関係の悩み、対人恐怖の悩み、感情・自己否定・マイナス思考の悩み、不安・恐怖の悩み。柔らかな雰囲気に加え、こころの悩みの本質をやさしく説明するのが得意。プロフィールの詳細はこちら