苦しみから抜け出すヒント

ブラック国家「日本」

社会に対する窮屈さや違和感

私は小さなころから社会に窮屈さや違和感を覚えてきました。
当時は言語化できず、正体も分からず、単にモヤモヤとした感覚として感じており、振り返ってみれば生きづらさとなっていました。

それをこのブログで言語化してみようと思います。

理不尽なことに対する嫌悪

昔から「嫌だな」と感じてきたのが、体育会系気質です。
私は「厳しいこと」が嫌なわけではありません。
「理不尽なこと」が嫌でした。

意味がある厳しさや、目的に対して合理的な厳しさは納得できます。

しかし、意味がないどころか、逆効果だと思われることを苦しい思いをしてやることに耐えられませんでした。

上の人が人格者であったり、合理的思考を持った人であれば、苦しくありませんでした。

問題の本質

しかし、問題の本質は上の人が合理的か理不尽かということではありません。

映画「踊る大捜査線」で「事件は会議室で起こっているんじゃない。現場で起こっているんだ!」という有名なセリフがあります。

主人公青島刑事は、現場が分かっていて、現場の気持ちを汲み取ってくれる人(室井さん)をトップにしたいと思っていました。

では、トップが変われば本当に組織が変わるのでしょうか?

私はそう思っていません。

トップが変わって、現場の意見を反映できるようになったとしても、トップダウン型ピラミッド組織自体は変わりません。

それが日本社会の至るところに存在しています。
むしろ、それ以外の形を見ることはほとんどありません。

トップダウン型しかない異常

私はトップダウン型ピラミッド組織そのものが悪いとは思いません。

しかし、社会の組織がそのあり方「しかない」というのは異常だと感じています。

多くの人にとってそのあり方が当たり前すぎるので、そこを疑うこともないと思います。

トップは偉いという扱い

トップダウンの意志決定は合理性があります。
しかし、多くのケースでトップは「偉い」となっていることは明らかに不合理です。

たとえば、社長と平社員では責任や権限や報酬の違いがあります。
しかし、社長が「偉い」わけではありません。

そこを混同しているのが当たり前になっていることに強い違和感を覚えるのです。

年長者に対する敬意の異常

年長者に対する敬意も年長者が「偉い」になっているのは不合理です。
年長者に敬意を払うことが問題ではなく、年少者にも敬意を払うべきであって、わざわざ「年長者」に限定する必要性を感じません。

誰であっても敬意を持つのは当たり前だと思うんですよね。

現状の年長者に対する敬意は、年少者が犠牲になる側面があり、その意識そのものがおかしいと感じます。

社会意識が憲法に追いついていない

日本国憲法第13条で「すべて国民は、個人として尊重される」と書いてあります。

憲法に基づいた法律や体制が作られていますが、私たちの意識自体がそこに追いついていないように思われます。

ネットの掲示板を見ると、誹謗中傷が当たり前にあります。

私たちの社会の意識レベルが、匿名であれば誹謗中傷するというレベルというわけです。

個人を尊重している人は、内心で嫌悪感があったとしても、他者が触れる形で誹謗中傷しないと思うんですね。

理不尽なことがあれば怒るとは思いますが、少なくともその人の権利を尊重した上で自己主張すると思います。

窃盗や詐欺などの犯罪は、人の根本的な権利である財産権や所有権の侵害です。

これが起こる社会というのは、人を尊重する意識に欠けている人たちが構成員である社会と言えます。

権利を尊重した上意下達になっていない

誹謗中傷や窃盗、詐欺をする人は日本社会のごく一部だと思います。

しかし、上意下達するときに、下の人の権利を尊重している人がどのくらいいるでしょうか?

日本社会の大半の人が、下の人の権利を尊重していないように思われます。

上意下達そのものは問題ありません。

問題はそれそのものではなく、下の人の権利を尊重した上意下達になっているかということであって、まず、ほとんどの会社組織でそれは行われていないでしょう。

政治家や官僚、公務員も同様です。

官僚組織そのものが個人を尊重していない

官僚は昔から長時間勤務が常態化していると聞きますが、これこそ個人の権利を軽視している証拠です。

「国家のため」「国民のため」「大きな目的のため」という名の下に、個人の権利がないがしろにされるのです。

しかし、憲法で定められている「個人が尊重される権利」よりもそれは優先されるべきものでしょうか?

非常事態なら分かります。
災害などの特殊ケースでは、勤務時間を守るといったことは後回しにされても仕方ありませんし、私もそうすべきだと思います。

しかし、それはあくまで緊急事態の例外であって、それが常態化しているのは明らかに異常です。

法律を作っている政治家やエリート官僚ですらそのレベルであるわけです。

ブラック国家日本

従業員を無償で働かせたり、劣悪な環境で働かせる企業をブラック企業と言います。

労働者の権利を著しく侵害している企業です。
個人の権利を尊重しているとはまったく言えない企業です。

しかし、個人の権利を尊重していないのは、いわゆるブラック企業と呼ばれている企業だけではありません。

ブラック企業だけに限定されるのであれば、話は簡単で、ブラック企業を変えていけばよいのです。

話が難しいのは、国家そのものがブラック体質であり、国民も同様にブラック体質であることです。
さらに話を難しくしているのが、国家も国民も自分がブラック体質であるという自覚がないことです。

私は、日本はブラック国家であり、ブラック国民であると思っています。
日本国憲法第13条で明記されている「すべて国民は、個人として尊重される」というのが実践されているとはいいがたいからです。

だからといって他の先進国がホワイト国家であると言っているわけではありません。むしろ日本はまだマシなほうでしょう。
「ブラック惑星・地球」「ブラック人間・地球人」のほうが適切かもしれませんね。

学校教育自体が、個人の権利を尊重されていないわけで、ブラック国民養成校になっていると感じます。

これは私の価値観ですが、学力やスポーツよりも、他者を尊重することのほうがよっぽど大切だと思います。

トップが変わればどうこうなる話ではない

ブラック国家が自浄作用を働かせるのは相当難しいです。

そもそものあり方を変えなければならず、それはトップが変わったところでどうにかなるようなレベルではありません。
トップの権限の問題でもありません。

本音と建前が違いすぎる

権利が守られないのであれば、そう憲法に書いてあるほうがよっぽどすがすがしいです。

本音と建前が違いすぎるのです。

建前(憲法)では「人の権利を尊重します」とうたっておきながら、実体(本音)は「私(社会)の権利は尊重しますが、あなたの権利は尊重しません」なのです。

他者尊重の仕方が分からない

そういった社会で、自分の権利を尊重されずに生きてきた人が、どうして他者の権利を尊重できるでしょうか?

尊重の仕方そのものが分からないのです。

自分では「他者を尊重している」と思い込んでいて、自分が無意識で他者の権利を尊重していないことを分かっていないのです。

私自身もそうだと思います。

私自身もブラック人間です。

そういう社会で育ってきましたから。

だからこそ、なるべく意識して他者の権利を尊重した上で他者と接したいと思いますし、自分の権利を尊重したいと思っています。

まずは意識すること

少なくとも「私は無意識で他者尊重をしない傾向がある」という自覚が大切だと思います。

急に他者を尊重することはできません。
少しずつ自覚を持ち、意識的に変えていくことが求められると思います。

自己尊重で自分を守っていこう

同時に「私は無意識で自己尊重をしない傾向がある」という自覚も持ち、意識的に自己尊重し、自己尊重の行動を取っていくことが求められます。

他者尊重が不十分な社会では、従順で純粋であるほど、自分の権利が搾取されることになります。

自分の権利をまず自覚し、権利侵害されていることを「当たり前」と思わない意識が求められます。

そして、大前提として、自分が尊重される権利を、自分自身が侵さないようにしなければなりません。

自分の存在否定をすることは、自分が尊重される権利を自分自身が侵しているということです


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西川佳宏(よっし~)
西川佳宏(よっし~)
境界線専門カウンセラー。境界線(バウンダリー)専門・心理カウンセリング「セルフコンパス」代表。 会計事務所・外資系証券会社・医療設備メーカーでの10年超の会社員経験を経て、2012年6月にセルフコンパス設立。英国HOLISTIC HEALING COLLEGE Integrated Counselling Diploma取得。心理カウンセラーとして境界線を適切に引くためのサポートを提供。 特に効果が高いのが人間関係の悩み、自己肯定感が低い悩み、過剰責任感・完璧主義の悩み、罪悪感の悩み、HSPの悩み、不安・恐怖の悩み、うつ・不安障害の悩み。 柔らかな雰囲気に加え、こころの悩みの本質をやさしく説明するのが得意。プロフィールの詳細はこちら

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