ボクは癒しを知る前は、無意識で他者優先の生き方をしていました。
癒しを始めて、そのことを自覚しました。
そして、自覚してからも自分を優先できるようになるまでかなり時間がかかりました。
今でも現在進行形で自分を優先できるように取り組んでいます。
ボクにとっては大きな課題でした。
ボクのところにカウンセリングに来てくださる方は、結構ボクと似たような問題を抱えている人が来られます。
他者優先になるので、人間関係のパワーバランスが弱い立場になっていて、そのことで我慢を重ねて苦しんでいます。
自分よりも他者を優先するので、我慢・犠牲を重ねます。
するとだんだん自分の心が苦しくなります。
それでも我慢し続けると、心や身体に現れてきます。
我慢の限界になると人間関係を切ったり、会社を急に辞めたりなど、極端な行動に出ます。
ひどいケースでは、ほとんどの人間関係を避けるようになります。
なぜ他者優先になるかというのは人によってさまざまです。
個別に見ていかないといけません。
他者優先になる特徴の例
参考までによくある例を紹介します。
- 他者優先になる人は、自分勝手な自分/他者が嫌い
- 他者優先になる人は、敏感タイプ
- 他者優先になる人は、加害者を強く抑圧している
- 他者優先になる人は、罪悪感を感じやすい
- 他者優先になる人は、Noが言えない、頼れない、自己主張できない
一つ一つ見ていきましょう。
他者優先になる人は、自分勝手な自分/他者が嫌い
自分勝手であることを強く否定・禁止・抑圧しています。
そのため、自分よりも他者優先になってしまいます。
抑圧は他者への投影として現れます。自分勝手な人に怒りを感じます。
自分がやらないようにしていることを誰かがやっていると不快感が起こるのは当然です。
このとき、自分勝手さの定義は人それぞれです。
何をすることが自分勝手だと思うのかは個人の価値判断になりますので、何が自分勝手に当たるのかを書いてみるとよいでしょう。
ある人は自己主張することが自分勝手だと思っているかもしれないですし、ある人は相手が断っているのに無理やり押しつけることを自分勝手だと思っているかもしれません。
自分勝手の範囲・定義が人によって違います。
自分勝手さを受容すること
この場合、自分優先にするには、自分勝手さを受容することが必要です。
ボク自身、自分勝手さをかなり抑圧していたので、ここは苦労しました。
「自分勝手=自分のやりたいことをしている」と見方を変えて、「自分もただやりたいことをすればいいんだ」と思い、少し楽になりました。
さらに、私たちはどんなときも自分勝手以外はあり得ないことが腑に落ちて、自分勝手さを受容できるようになりました。
これを説明すると長くなるので別テーマにしたいと思います。
自分を優先することは自分勝手ではない
自分勝手であることを受容できなくても、「自己優先≠自分勝手」であれば自分を優先できます。
「自己を優先することは自分勝手=ダメ」だと思っているから自分を優先できません。
自分を大事にすることで、ゆとりが生まれ、相手にもより優しくできます。
自分を二の次にすると、どこかで苦しくなり、余計に思いやりが持てません。
なので、自分を優先すること、自分を大事にすることは決して自分勝手ではなく、むしろ相手のためにも必要であることが腑に落ちるといいですね。
他者優先になる人は、敏感タイプ
敏感であるがゆえに、人からの批判や態度、エネルギーに影響を受けやすいです。
他者が怒っていることや不機嫌であることにひどく怯えます。
低い自己価値の問題を抱えている人は、自分のせいでそうなったと自分を責めがちです。
他者からのエネルギーに影響を受けやすいがゆえに、他者優先にならざるを得ません。
自分が心地よく生きるためには、他者を怒らせないように、不愉快にさせないようにと気を使うのです。
そうすると、自分がどうしたいかがおざなりになります。
むしろ、自分がどうしたいかがあると邪魔なので、どんどん自分がどうしたいかが分からなくなってきます。
次第に我慢の限界が来るというパターンです。
このケースでは下記のことが重要です。
- 敏感さの受容
- 敏感さに拍車をかけている心の傷の癒し
- 境界線を引くこと
- 他者信頼(=自己信頼)
他者信頼とは、他者がどんなに傷を負っているとしても他者にはその傷を克服していく力があると信頼できることです。
もちろん、まったく手助けしないということではありません。
or
● 相手に力がないと思っているから手助けをする
この違いは非常に大きいです。
自分を信頼できていないから、他者もそうであると思ってしまいます。
自分に力があることが分かれば、他者にもそれがあることが分かります。
そうすると、いい意味で他者の問題を引き受けなくて済むようになります。
他者が感情的な問題を抱えていても、境界線を引いて、放っておけます。
他者優先になる人は、加害者を強く抑圧している
加害者になること、人を傷つけることを抑圧しています。
極端なケースでは、人を傷つけるくらいなら死んだ方がマシだと思っている人もいます。
そういう場合、被害者の立場になることが多いです。
そのことに現実問題として苦しんでいるのですが、自分自身でその立場を選択していることに気づくことが解決の大きな一歩になります。
過去の心の傷が一因
過去の心の傷もこの傾向に拍車をかけます。
自分自身がこれだけ傷ついてきて、こんな苦しい思いを他者にさせることはしたくないと思います。
とても心の優しい人です。
男性性を受容していないことも一因
受容のエネルギーである女性的なエネルギーの割合が多い人にこの傾向があります。
男性的なエネルギーを抑圧しています。
女性的エネルギーはポジティブ面だけでなくネガティブ面もあります。
甘やかし、依存させる、自己犠牲、被害者などです。
こういう人は、男性的なエネルギーを受容することが重要です。
男性的エネルギーのネガティブな側面である、冷たさ、人を突き放すこと、力でねじ伏せる、暴力性、支配などの面をもっといい意味で受容していく必要があります。
勇気、パワー、エネルギッシュ、他者を信頼して突き放す、大切な人や物を守る力、秩序の維持など、男性的エネルギーの必要性を感じ、抑圧されたものを解き放ちます。
自分がより自分らしくあるためには男性的エネルギーが必要です。
人を傷つけることは必ずしも悪いことではない
そして、人を傷つけることは必ずしも悪いことではないことを知ることです。
傷つけられたことで短期的には嫌な気持ちになるでしょう。しかし、長期的にはそれがポジティブである可能性もあります。
傷つけられたことで、より勇気を出せるきっかけになり、自分に自信が持てるようになったとしたら、そのことは自分にとって良いことだったと言えるでしょう。
そういう意味で人を傷つけることが必ずしも悪いことではなく、何がいいか悪いかは分からないのです。
そして、私たちは何かを傷つけざるを得ない存在です。
たとえ悪気がなくとも誰かを傷つけることはよくあります。人が傷つくボタンは人それぞれだからです。
私のブログを読んで、励まされる人もいれば、傷つく人もいるでしょう。
人によって解釈が違います。
私たちは誰かや何かを傷つけなくては生きられない存在
わざと傷つけるつもりはなくても、誰かや何かを傷つけないでは生きられません。
動植物を間接的に殺して食べているわけです。
生きるためには必要なことです。
加害者を抑圧し続けると、相手を加害者にさせ続けてしまう
自分が被害者であり、相手が加害者であるとき、加害者を強く抑圧しているとやられっぱなしになります。
それは、言い換えれば、いつまでも相手を加害者にさせ続けているということです。
本当の意味で優しさなのでしょうか?
自分がきちんと対応して、被害者を抜け出なければいけません。
自分を守るためにも、男性的なエネルギーをうまく利用する必要があるでしょう。
他者優先になる人は、罪悪感を感じやすい
元々強い罪悪感を抱えている場合、あるいは罪悪感を感じやすいタイプは、自己優先が困難です。
たとえば、車を運転していて誰かを引いてしまったとしましょう。
このとき、ものすごい罪悪感を抱えると思います。
この状態で、自分の幸せや利益を優先させられるかというと、それはかなり難しいです。
心が痛みます。
この罪を償えるならいくらでも犠牲になりますと思うかもしれません。
そういった明らかな理由がなくとも、無意識のレベルで強い罪悪感を感じている人がいます。
そういう人は生きるのが苦しいです。
自己優先ができません。
自分が幸せになるとか、自分の利益を追求することを悪いことのように思ってしまいます。
罪悪感は非常に自分を苦しめます。
罪悪感が手放せないケース
多くの場合、セラピーで罪悪感は解消できます。
ですが、なかなか手放せないケースもあります。
深いレベルで罪悪感を持っていて、それをセラピーで癒した後、大きく変わったという人と、同じようなことをしてもまだ強く残っている人がいます。
後者は罪悪感が何らかの生きるメリットになっています。
そのため、手放したくないのです。
その理由を解消することが必要です。
罪悪感を手放すことが自分だけでなく他者のためであることを腑に落とし、自分自身を幸せにすることを選択することが重要です。
他者優先になる人は、Noが言えない、頼れない、自己主張できない
他者優先する人は、他者の頼みごとに対して断ることが難しいです。
依頼が正当なものであれば、引き受けることに心の葛藤はありませんが、依頼が不当なもの、あるいはやりたくないものであれば引き受けることで心が苦しくなります。
適切にNoが言える人は、そういうときに軽く断ることができます。
しかし、他者優先の人は、依頼を断ることで他者が不愉快な思いになったり、がっかりしたりすることが嫌なので、そうなるくらいなら自分が我慢した方がマシだと思って自己犠牲を続けます。
他者優先の人は、Noを言うことの苦しさを分かっているので、他者に頼みごともしづらいです。
この頼みごとをして、不愉快に思ったらどうしようと思ってしまいます。
なので、依頼を断れないし、他者に頼めないしで、どんどん負担が増してきます。
依頼を断らないので、頼む人もどんどん依頼してきます。
いつも私ばかり仕事が忙しいとか、家計や家事・育児分担が私に偏りすぎているとか、いつも損な役割をしてしまうという人は自己主張できない人です。
Noを言ったり、自己主張する練習も大事です。
アサーションを学び、自己主張する権利を認識し、相手を尊重しながら自分の意見を言うテクニックを学ぶことも一つでしょう。
原因はもっと心の深いところにある
しかし、カウンセラーとしての立場から言えば、もっと深い思いを見ていった方がいいと思います。
深いところで、他者優先することが自分のメリットになっているのです。
強いビリーフとして存在しているので、いくら意識で自己主張しよう、Noを言おうとがんばっても難しいです。
たとえば、下記の記事の例では、心の深いところで「我慢すれば愛をもらえる」と信じていました。
そうすると我慢、自己犠牲を無意識でやってしまいます。
よほどせっぱつまって困っていない限り、自己優先ができないのです。
どうしても他者優先になってしまうという人は、深いビリーフを探ってみるとよいでしょう。
自己優先は決意も重要
他者優先になる原因をいくつか見ていきました。
自己優先するためには、他者優先してしまう原因を見つけ、それを解消していくことが必要です。
そうすると、自然に自己優先ができます。
私自身、今でも自己優先するときに強いストレスを抱えるときがあります。
苦渋の決断でNoを言うことがあります。
本当にNoでいいのかどうか、Yesと言った方がいいのではないかと長時間悩むこともあります。
Yes、Noのどちらがハートかが分かりにくいこともあります。
ですが、最終的には自己優先(ハート)を選びます。
リスクを負ってでも、いくら損をしてでも、悩みを増やすことになっても、「もう自己犠牲の人生はやらない」「自分のハートを優先する」と誓ったからです。
もちろん、いつも自分の思い通りにしたいということではありません。
我慢も必要です。
ですが、嫌なこと、受け入れたくないこと、やりたくないことはきちんと自己主張するようになりました。
仮にそれが受け入れられなくても、自分の気持ちを大切にすることが大事であることを学びました。
他者優先を止めたいと思っている人の参考になればと思います。
目からうろこ!です。
自由になりたい。
なれそう。
ありがとうございます。
わかりやすく、とっても素敵な記事です。心を救います。感謝でしかないです。この記事を読んだヴ価値があるので、私も今から頑張ります。