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あなたはいま、とても苦しい状況にいるかもしれない。
誰かに対してものすごい怒りを感じているかもしれない。
深い悲しみを感じているかもしれない。
とてつもない寂しさを感じているかもしれない。
分かってもらえない悔しさを感じているかもしれない。
誰にも助けてもらえない孤独感を感じているかもしれない。
誰かに助けを求めることすらできなくなっているかもしれない。
何をやってもどうにもならない絶望感を感じているかもしれない。
胸が張り裂けそうな罪悪感を感じているかもしれない。
自分自身をずっとずっと責め続けているかもしれない。
こんな苦しみが続くのなら死んだ方がマシだと思っているかもしれない。
あまりに苦しいとき、何をやってもダメだと思ってしまう。
でも、それでも、あなたは許してあげてほしい。
その苦しい感情があなたの中にあることを。
その感情の居場所を与えてあげてほしい。
それもあなたの一部なのだから。
その感情にただ寄り添ってあげよう。
ただその感情が発する声に耳を傾けてあげよう。
何もしなくていい。
ただ寄り添うだけでいい。
楽にしようと意図しなくていい。
あなたは決して弱くない。
あなたの魂はそれを知っている。
あなたはこの苦しみを乗り越え、学びや気づきに変えることを知っている。
だから、あなた自身とあなたが歩むこれからの人生をもっと信じていい。
苦しいときは我慢せず苦しめばいい。
大丈夫。
きっと何とかなる。
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よっしーさん(*^_^*)
人生(過去生~現在~未来)は、細やかなるタペストリーのようになっていて、それぞれの糸が細やかに絡み合って見事なるタペストリーを作っている。
どの糸にも、意味があり必要なるもの。。。と本で読みました。
苦しさも、自分のきちいちふてで、そこからきつや客観的、俯瞰的に眺めると光を放っているのですよね。
アシュタンギーニさん
素晴らしい表現ですね。
人生はそれぞれの糸が細やかに絡み合って見事なるタペストリーを作っている…
とすると誰かの人生の一部に口を出すことやアドバイスすることは傲慢なことなのかもしれません。
すべては必要な糸なのですから。
恐れは愛の別の表現だと本で読みました。
ボクたちに起こるすべてのこと、この世界のすべての表現は愛というひとつのエネルギーの別表現なのかもしれません。
コメントありがとうございます。