境界線 PR

“痛い目に合わせたい”と思ったときに読む話

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早稲田大学名誉教授の有馬哲夫氏がXで高市早苗首相を侮辱しているともとれる内容のポストを投稿したことについての記事がヤフーニュースにありました。

このテーマから境界線を越えること/引くことの理解に役立てるよう書いていきます。

記事の有馬氏のポストを引用します。

「ほらサナエ。今すぐイランへ飛んで、床に額なすりつけて、これまでの非礼を詫びて、日本のタンカーを通すようお願いしろ」
「抱きついても、尻尾振っても構わない。なりふりかまってる場合ではない」
「日本経済と国民生活守るため、はたらいて、はたらいて、はたらき抜け。国のため国民のため」

有馬氏が言いたいことはおそらく次のようなことだったと思います。

「最大限の外交努力を尽くすべきだ。
エネルギー安全保障は、国民生活に直結する重要課題であり、政府には結果責任がある」

しかし、有馬氏の表現は、高市首相を侮辱する表現となっています。

これに対して、ヤフーのコメントでは、批判的見解が占めています。

  • 「早稲田大学は名誉教授を剥奪すべきだ」
  • 「伝え方に十分配慮すべき」
  • 「感情の垂れ流しだ」
  • 「もし自分がこの教授のゼミ出身だったなら、この発言を聞いて、こんな人間に師事していたのかと心底悔やむだろう」
  • 「こんな肩書の人が、こんな発言を発信し、こんな処分をされた」と徹底的に知らしめるべき

このブログで取り扱うのは、有馬氏の発言ではなく、このヤフーコメントの発言に対してです。

人はなぜ境界線を越えてしまうのか

尊厳を大切にする人ほど、有馬氏の発言に対して怒りが出ると思います。

人は、自分や他者の尊厳が傷つけられたとき、
そのバランスを取り戻すために、相手に痛みを与えたくなるものです。

これは自然な反応です。

しかし、この怒りは、簡単に境界線を越えてしまいます。

コメントの分類

まず、コメントを分類します。
① 規範要求型
「配慮すべき」
「感情の垂れ流し」
→ これは尊厳を守る言語規範を求める声

② 制裁要求型
「名誉教授を剥奪すべき」
「徹底的に知らしめるべき」
→ これは尊厳侵害への“罰”を求める反応

③ アイデンティティ否定型
「こんな人に師事していたのかと悔やむ」
→ これは発言者の人格全体の否定(行為の結果を超えて、人格全体に影響を広げている)

尊厳破壊の循環

この②③は、次のような構図になっています。

  1. 有馬氏が高市首相の尊厳を傷つける
  2. 社会がそれに反応して有馬氏の尊厳を傷つける

つまり、尊厳を守るどころか、尊厳をけなし合う構造になっています。

「責任を返す」と「背負わせる」の違い

行為に対して、結果の責任は自分に返ります。

②③は、有馬氏の行為に対して、その責任を背負わせようとしています。

責任を「返す」ことと、「背負わせる」ことはまったく違います。

前者は、境界線を引く行為であり、後者は、境界線越えの行為です。

②③の気持ちはよく分かります。
そういう反応が起こるのは自然です。

正義の側にあればあるほど、それが自己免罪となり、攻撃性として現れます。
しかし、そこで、それは境界線越えであることを振り返り、「とどまる」ことが大切だと思います。

責任の構造が崩れると何が起きるか

責任を返してあげれば、本人が学ぶことになります。

行為 → 結果 → 責任(本人が引き受ける)

しかし、個人的制裁(責任を背負わせる)が入ると、

行為 → 第三者の怒り → 制裁

となります。

そうなると、

  • 本人は学習機会を奪われる
  • 責任がすり替わる(行為ではなく制裁の過剰さが問題になる)

「痛い目」は与えるものではない

間違った行為に対しては、痛い目が必要な場合もあるでしょう。

しかし、痛い目は、他者が「与えるもの」ではなく、「結果として起きるもの」という理解が大切です。

結果としての痛い目

行為 → 結果 →本人が受け取る

例)

  • 不適切発言 → 信頼低下
  • 不正 → 処分・評価低下

境界線を守る表現とは何か

有馬氏の例であれば、自分の意見を出すような行為です。
例)
「有馬氏の今後の主張は、信用ができなくなりました」
「有馬氏の主張は分かりますが、表現が不適切だと思います」
「首相を貶めるような表現の仕方は好きではありません」

あくまで対象となる「行為」への意見にとどめ、「人格」まで広げないことが重要です。

境界線を越えると何が起きるか

これに対して、侮辱の仕返しや私的制裁をするような行為、

「この教授も、床に額なすりつけて、教授のポストを得たんだろうね」
「早稲田大学に名誉教授剥奪するよう主張しよう」

これらは、自分が裁判官となって、「裁判し、執行する」行為です。

これは、「相手をコントロールしようとする支配欲求」から来ており、
「相手の内面や結果を自分の手で操作したい」という欲求です。

これは、

  • 自分が結果を作って相手を変えようとすること
  • 他者の学習プロセスを自分が握ろうとすること

になります。

結果、

  • 自分が攻撃する側としての責任を積み上げる
  • 他者の責任を奪った分だけ、自分の責任が増える

ということになります。

判断基準

迷ったときは、次の問いで判断できます。

それは「結果を返している」のか、
それとも「結果を作ろうとしている」のか?

  • 返している → 境界線内
  • 作ろうとしている → 境界線越え

まとめ

正義感や怒りそのものが問題なのではありません。
それによって他者の責任に介入してしまうことが問題です。

責任は返すものであって、背負わせるものではない。

だからこそ、「痛い目に合わせたい」と思ったときこそ、
一度立ち止まり、自分が境界線を越えていないかを振り返ることが大切だと思います。

ABOUT ME
西川佳宏(よっし~)
西川佳宏(よっし~)
境界線専門カウンセラー。境界線(バウンダリー)専門・心理カウンセリング「セルフコンパス」代表。 会計事務所・外資系証券会社・医療設備メーカーでの10年超の会社員経験を経て、2012年6月にセルフコンパス設立。英国HOLISTIC HEALING COLLEGE Integrated Counselling Diploma取得。心理カウンセラーとして境界線を適切に引くためのサポートを提供。 特に効果が高いのが人間関係の悩み、自己肯定感が低い悩み、過剰責任感・完璧主義の悩み、罪悪感の悩み、HSPの悩み、不安・恐怖の悩み、うつ・不安障害の悩み。 柔らかな雰囲気に加え、こころの悩みの本質をやさしく説明するのが得意。プロフィールの詳細はこちら

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