ハートは思いやりと意志
3つ前の記事で、ハートには二つの要素があり、愛と意志と書きました。
愛というのは抽象的なので、ここでは「思いやり」と言い換えます。
思いやりと自分の意志の両方を兼ね備えることがハートです。
自分の意志が弱くて、思いやりが強く、他人軸になっている人は、意志や強さが課題です。
逆に、自分の意志が強くて、思いやりが少なく、わがまま的自分軸になっている人は、思いやりや共感、慈悲が課題です。
自己主張できる力の土台となるもの
ボクは主に前者の人向けにメッセージを発しているので、前者の人の課題である意志について書いていきます。
これは自分の考えや意見を大事にして、自己主張できる力でもありますが、通常、そのためには何か土台となるものが必要でしょう。
たとえば、自分が社長であれば、もっと言いたいことを言えるのではないでしょうか。
あるいは、お金があればどうでしょうか。
生活するに困らないくらいのお金があったら、自由に主張できるはずです。
あるいは、たくさんの支持者がいればどうでしょうか。
そうなると、少々嫌われても平気ですから、自由に主張できるでしょう。
または、正しい意見とか、証拠となる研究を土台にした意見であればどうでしょうか。
それなら自信をもって伝えらえるはずです。
なので、自己主張するには、権力や地位、専門性などの知識、お金、支持者、正しさが自分の力になってきます。
これが一般的な力の源泉ですね。
意志の力の源になるものです。
条件付き力
これらが力の源になるのは間違いありません。
ところが、これ以外にも意志の力の源になるものがあります。
先に挙げたお金などは、条件付き力です。
お金があれば自己主張できるというもので、お金という条件が自分に力を与えます。
条件付き力の欠点は、お金がない状態なら自己主張できなくなり、条件に振り回されてしまうことです。
条件を整えることにエネルギーが向いてしまい、条件が整わなければいつまで経っても自信がつきません。
無条件の力
条件付き力と対になるものが、無条件の力です。
お金がなかろうが、支持者がいなかろうが、証拠となる正しさに欠けていようが、自分の地位が低かろうが、関係なく「私はこう思う」「私はこう生きる」「私はこれを選択する」とできる意志です。
無条件の力の長所は、条件など関係なく自信を持てることです。
欠点は、根拠を伴わないことです。
条件付き力と無条件の力の両方持っている
私たちは、条件付き力だけではなく、無条件の力も両方持っています。
地位が低かろうが、お金がなかろうが言いたいこという人はいますよね。
条件が伴っていなければ、自分の意見を主張してはいけないということではなくて、自分の思いや感性を表現するのは自由であり、私たちの権利でもあると思います。
条件付き力と無条件の力の融合
ここで大切なのは、条件付き力だけに頼るのではなく、また、無条件の力だけに偏るのではなく、条件付き力と無条件の力の融合です。
たとえば、自信がなければ、はじめは自信の源になるものを頼っていいと思います。
何か一つの分野で勉強してみて、自信を身につけます。
その分野で、勇気を出して自己主張してみます。
そうすると、自己主張の練習になり、別の分野でも自己主張ができるようになってくるでしょう。
もちろん、痛い目に遭うこともあると思いますが、それはしっかり癒して、糧とし、それでも前向きに意志を持っていけば、だんだんと強靭な意志になっていきます。
それは否定感や抵抗からくる頑固な意志ではなく、柔らかいけれども強靭な意志です。
そして、自分の感性や直感や思いに従って、特に根拠がなくても自己主張していくことも大事です。
意志や強さが課題の人は、自己主張する練習が必要ですね。
こういった経験を積んでいくと、意志や強さが育まれていきます。
思いやりと自己主張の融合ができるのが大人
もちろん、相手のことを考えずにただ自己主張すればよいわけではなくて、思いやりは当然大切です。
思いやりや共感、慈悲が課題の人は、他者主張を受け止める練習が必要でしょう。
思いやりと自己主張の融合が大事です。
これができるのが「大人」だと思います。
ただの自己主張は「子ども」に過ぎません。いくら身体が大人でも精神的には子どもですね。
自分が言いたいことを伝えるのに、相手を徹底的に批判するような伝え方もあれば、希望や前向きなエネルギーを与えるような伝え方もあります。
批判が必ずしもダメなわけではありません。
そこに思いやりがあるかどうかです。
相手のことを思いやったうえで、批判が適切だと判断して批判するのと、自分を認めさせるためやストレス発散のために批判するのでは、同じ批判でもエネルギーが変わってきます。
条件付き力と無条件の力の融合、そして、思いやりと自己主張の融合、それらがハートで生きるために大切なことだと実感しています。