善人の皮を破る

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いい人を演じる

私はいい人でした(です)。

いい人になったのは、根がいい人だからではありません。
もちろん、その要素もありますが、エゴの戦略の一つとして、無意識にいい人を演じていました。

いい人戦略のメリット・デメリット

いい人であると責められにくいですよね。
皆からも好かれやすいし、敵も作りにくいし…

この戦略のデメリットは、自分自身の本音を抑圧してしまうことです。

ムカつくことや反論したいこと、やりたくないこと、たくさんありますよね。

そんなときにも無意識に抑圧してしまいます。

もちろん限度はあるので限度を超えたら怒ったり、反抗します。

限度まで我慢しているので許容量も少なくなります。

そんな自分に対して、小さいと感じ、さらなるバッシングが始まると、苦しみの連鎖に陥ります。

無意識に善人を目指す(演じる)

いい人だけでなく、私たちは善人を無意識に演じます。

「他人を傷つけてはいけない」
「他人に思いやりを持たなければいけない」
「他人の悪口を言ってはいけない」

とても大切なことなので、それが悪いとも思いません。

善人を演じることの副作用

でも、すべてのことには副作用というかマイナスの側面もあります。

あまりに相手に思いやりを持とうとすると自分への思いやりがなくなります。

無意識に負の感情を抑圧し、ネガティブな感情エネルギーが蓄積されます。

それを日常的にやっていたら、そりゃいつか心か身体がおかしくなります。

相手を傷つけてもいいと言っているわけではありません。

でも、私たちは誰かを傷つけずにはいられない存在であることも事実です。
それが自然な人間です。

私たちは皆価値観が違うので、自分の価値観で「相手のためになること」をやったとしても、相手はそれを嫌がるかもしれません。

善人であることは不自然

善人であろうとするのは人間としてすごく不自然です。

不自然なので何かしらのくさい臭いがプンプンしています。
本人は気づきませんが、周りはなんとなく分かるものです。

一方を抑圧している人がその事実に気づくと今度は極端に片方に振れることがよくあります。

ずっと我慢していた人が、今度は全く我慢せずに好き勝手やるとかです。

それもすごく不自然です。

不自然から別の不自然に移行しているだけです。

今までのパターンを破るという意味では一理あるかもしれませんが、現実の状況が悪化し、解決が遅れることもよくあり、かえって苦しむことになりかねません。

善人の皮を破ったとき本音が出る

できるだけ自然であること。
自分の中の善人ではない部分を正直に認めることです。

すると抑圧がぐっと少なくなります。

そうするとより感情が出やすくなるかもしれませんが、それはよいことです。
普段は無意識に抑圧していたものが出ているので。

自然体であるときに生じる負の感情にEFTしたり、そのときに生じた問題やテーマに向き合った方が癒しは圧倒的にスムーズです。

EFTのやり方はこちら。

EFTのやり方(EFTトレーナーがやり方を分かりやすく丁寧に解説)

2015.08.19

善人の皮を被った状態では本当の問題までたどり着きにくいです。
自分の本音を自分で巧妙に隠しているので。

私が等身大の自分、自然体の自分、人間らしい自分を提唱しているのはこういう理由です。

私自身が、そこをずっとひた隠しにしてきたので、強い思いがあるのです。
以前に比べたらかなり善人の皮ははがれてきましたが、まだ被っていることに気づくこともしばしばです。

善人の皮を破ることは簡単ではない

善人の皮を破ることの難しさは重々承知しています。

善人の皮を破れない理由の一つが、善人であることで守られるものがたくさんあるからです。

今まで善人の皮をかぶっていた人が皮を脱ぐと、守るものがないので恐ろしく感じます。
この恐怖はかなり大きいです。

この恐怖を感じるくらいなら、善人の皮を被って安全な道にいる方がメリットは大きいのです。

ところが、このメリットと引き換えに次第に自分らしさを失っていきます。
自分のハートの声は聞こえなくなります。
善人を演じるのに邪魔ですから。

「情熱、やりたいこと、したいことが分からない」

それは当たり前のことで、あったら本当は困るんです。
だから感じられません。というか感じさせないことを選択しているだけです。

本来の自分の資質、心地よいエネルギー、自然な感性は失われます。
安全を得る代償として。

善人の皮を被ることで本当に安全は得られるのか?

でも、よく考えてみると、本当に安全が得られるのでしょうか?

これまで善人の皮を被って、他人から批判されませんでしたか?
嫌なことは回避できましたか?

そんなことはなく、むしろ多くなかったですか?

本当の意味で安全が得られないにもかかわらず、目先の安全を優先し、自分らしさを自ら捨てます。

ボク自身、さんざんそういう選択をしてきて、もういい加減うんざりしました。

もう、善人の皮を被るのはまっぴらです。

善人の皮を破ると悪人になってしまう恐れ

ところで善人の皮を破ると、悪人になってしまうと思う人が結構います。
本当に悪人になってしまうのでしょうか?

一部、悪人も出てくるでしょうね。誰もがそういう面は当たり前にありますから。
善悪併せ持って、自然な人間です。

私たちは程度の大小はあれ、善悪すべての要素を持っています
でも、まったくの悪人になるかというとそういうことはありません。

むしろ善人の抑圧が外れて、抑圧された感情を解放できたとき、自然にハートフルになれるものです。

優しさも自然であればとても素敵なことですね。

悪人も不自然な状態

ちなみに悪人はすごく不自然な状態です。
かなりの傷を抱えているのでそうならざるを得ないわけです。
ある意味犠牲者ともいえます。
なので本当に必要なのは罰ではなく、癒しです。

自然体の喜び

善人の皮を破り、ただ、自然体でいるとき、その状態は人によって千差万別です。
決まりきった形があるわけでもありませんし、同じ人物でも時間の推移や状況によって変化します。

その自然体の自分を誰かさんは批判するでしょう。
誰かさんは賞賛するでしょう。

気にしたところで、どうやったって批判や賞賛はついてきます。

私自身も自然体でいることの喜び、自分の本質のエネルギーでいることの喜び、この心地よさをもっともっと味わっていきたいと思います。


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ABOUTこの記事をかいた人

よっし~(西川佳宏)

心理カウンセラー/セラピスト(東京・新宿)。「心地よく、自分らしく、生きる」ためのサポートを提供。得意分野は人間関係の悩み、対人恐怖の悩み、感情・自己否定・マイナス思考の悩み、不安・恐怖の悩み。柔らかな雰囲気に加え、こころの悩みの本質をやさしく説明するのが得意。プロフィールの詳細はこちら